流れを見ずに水を見よ

とかく日本人は流されやすい。一昔前までは「11月からクリスマス商戦?ちょっと早いね」なんて言ってたかと思えば、いつの間にかその時期はハロウィーンの仮装パレードで「個性をアピール!」なんて言ってバカ騒ぎしている。そのくせ普段は、似たような髪型や服装で同じようなヴィトンのナイロン製バッグを振りかざして歩いている女性たち、「私のは新作よ!」なんて言って。新作だろうが何だろうが、末は所詮プラゴミだ。そしてついこの間は、アメリカ大統領選でトランプが勝ちそうになっただけで東証株価が大暴落、翌日、本人が大減税政策をしゃべっただけで反転暴騰するありさまだ。流されやすいというか、良くいえば順応性が高いというか、良くも悪しくも平和というか脳天気というか、とにかく行動に主体性がないのである。

こういった現象を少し掘り下げて考えると、プカプカ「流されやすい」人々を、水面下で「流そう」とする仕掛け人がいることに気付く。時にイベント商戦やブランディングのプロデューサー、時にヘッジファンドのトレーダー、いずれも意図的にトレンドという水流を作り出して、出来るだけ多くの人々を流してやろうと企てる連中のことだ。流されてしまったほうはまんまと彼らの企てにハマったわけである。ただ、仕掛け人は悪いことをしているわけではなく、彼らにとってはそれが「お金を生む仕事」だからやっているだけのことである。

むしろ私が言いたいのは、流されてしまう人たちに対し、「流れを見ずに水を見よ」ということだ。すなわち、流れに惑わされることなく水そのものが澄んでいるか濁っているかを見極めよ、ということである。流される先の水が澄んでいれば、流れに身を任せ、濁っていれば流れから離れるという意味でもある。したがって、もし今、流され始めた人がいたならば、主体性の観点から三通りのタイプがあると考えられる。①水を見て自分の判断で流されている人、②水を見て自分の判断で流れから離れようとする人、③水を見ないで周囲を見て流されている人、である。

これらの内、①と②はともに主体性が強い人だ。物事の本質を見抜く目を持ち、どんな仕事に就いてもそれなりの成果を上げられるだろう。また、福祉業界に身を置けば、間違いだらけの教科書に頼らず、利権に偏った厚労省の指針を真に受けることなく、個々の利用者と向き合うことで本当の福祉を実践するだろう。その一方で、独自のこだわりや偏屈さから、周囲から誤解され、友達もなく、孤独で寂しいマイノリティな境遇となるかもしれない。ただ、マイノリティ同士、障害者とは解り合えるはず・・・。

しかし本当の問題は、主体性に欠けた③の人たちである。「長いものには巻かれろ」と体制に逆らうことなく、「周りがやりだしたから後に続け」とばかりトレンドに便乗する人たち。だから、冒頭に書いたような困った現象が起きているのだ。同時にこれがマジョリティな日本人だ。もし、彼らが福祉業界に身を置けば、教科書や行政ルールに何の疑いも持たず、利用者の悩みを十把一絡げに受け流し、自分にストレスを与えない人たちとだけ和気あいあいと仲良しグループを作るだろう。 楽しいかい?

ちなみに、自分は①~③には当てはまらない④水を見ないで流れに逆らってみる、注意欠陥反動性タイプである。 ドーパミン過剰か?

最後に、時流に一石を投じた先人の言葉をいくつか紹介したい。

“Study nature, not books” 「自然から学べ、本じゃなくて」

ルイ・アガシー     1807-1873.スイス生まれのアメリカの古生物学者、海洋学者、地質学者。生物や地球に関する様々な観測や研究から北半球全体が一つの巨大な氷河であったと発表した。

 

「病気を診ずして病人を診よ」 病気という既成概念(先入観)ではなく、病人そのものを診よ。

高木兼寛                          1849-1920.東京慈恵会医科大学創設者。麦飯が脚気予防に通じるという仮説をたて、その実践が後のビタミン発見につながった。

 

何かを学ぶためには自分で体験する以外にいい方法はない。私の学習を妨げた唯一のものは、私が受けた教育である。

アインシュタイン   1879-1955.ドイツ生まれのユダヤ人で20世紀最大の物理学者。相対性理論の実証によって、当時の絶対理論であったニュートン力学をひっくり返した。

 

これら三つに共通することは何か?説明には及ばないでしょう。       (Sakai)