一人の声は千人の声

「一人の声は千人の声だと思え」。百貨店勤務の頃、売場統括が常々口にしていた言葉だった。営業、とりわけクレーム対応を経験した方なら体で覚えた格言だ。

例えば、「あなたはいつも対応が遅いね」と言われた売場担当は、そのお客の声が千人の声の集約であると自覚しなければならない。

次に、「高い買物をするんだから、それなりにまけてよ」と言ってきた。百貨店ルールでは 原則、値引きはしない。なぜなら全てのお客に対して公平な取引とならないからだ。したがって、そのお客のわがままだと判断して丁重にお断りするのが望まし い。では、「ここにキズがあるから、それなりにまけてよ」と言ってきた場合はどうか。ルール上は新品に取り替える事になるが、キズを納得の上で、今、その 現物を値引きして買いたいというお客の意図を察知したならば、すぐさま特例として値引きに応じることが正しい対応だ。要するに、ルールではなく、お客が納得するかどうかが重要なのだ。翻って、その声が千人の思いか一人のわがままか、あるいは一つの特例かを瞬時に見極めることが売場に課せられた必要条件なのである。

かたや役所の対応はどうだろう。例えば、「おたくはいつも対応が遅いね」と指摘すると、「待っている人もいるんです」とか「普通は二週間かかるんです」とか「あまねく平等に」という手前都合のルールをかざし、結局その場は何も動かない。

まるで「一人の声は放っておけ」としか聞こえない。

百貨店ではその時点でアウトだ。逆に署名運動などで千人同じ声が集まると態度が一変する。

次に「この利用者が今、困っているので然るべき手続きをして下さい」と相談すれば「それは特殊な事情なので上司と相談してからお返事します」とお決まりの対応。後日「あなたのお気持ちはごもっともですが、なにぶん前例のないことは私どもには出来かねます」

と上司からの返事。言葉は丁寧でも、とどのつまり結果は一緒だ。やはり、「ルールありき」の世界で生きている人は機械的判断しかできないのか。ならば、人間やめてコンピュータロボットと交代してくれた方が応対だけでも早くて正確だ。

 さて、障害福祉サービスを断面的に見ると、前述した百貨店的カスタマーサービスの一面 と、役所的行政サービスの一面との板ばさみで行われるサービスだと考えられる。概して特性の強い障害者は、あのヒット曲の歌詞にある「もともと特別なオン リーワン」といえる。さしずめ「一人の声は千差万別」としよう。そして、その声にどんなサービスで対応すべきなのか。少なくとも言えることは、そこに人間 的判断が伴わないサービスならやる必要はないということだ。           (Sakai)