Let it be! ありのままがいい。

▽ 昨今、多くの自治体が「障害者」から「障がい者」へと表記を変更し、話の上でも「障がいのある人」と呼称するようになってきた。これに対して、私は以前より異論を唱えてきた。なぜならば、①先ず、「がい」と表記することが、返って「害」のマイナスイメージをあおってしまうから。②次に、「害」の苦しくもどかしい現実を理解していないから。③そして、何よりも障害当事者にとってはどちらでもいい問題だからである。物事の本質が捉えられないことを「木を見て森を見ず」と喩えるが、「木すら見てないで森を語る」人たち、即ち障害者を見ずに世間の目だけを気にしている人たちこそ、そもそもの問題なのだ。うがった見方をすれば、障害者の実情から目を背けていながら、あたかも福祉に配慮しているように見せかけた役人の逃げ口実に過ぎないのである。そういう自分もまた、当事者にしてみれば塵埃のごとき問題をナンダカンダと・・・。

▽ そんな中、「害」をありのままに受け入れながら、「害」ととことん向き合って生きている人たちがいる。精神障害をかかえた人びとが共同生活を送る北海道浦河町のグループホーム「べてるの家」である。その特徴は、病気を治療し、社会復帰をめざすのではなく、「勝手に治すな自分の病気」と叫びながら、疾患や障害という「苦労を取り戻す」ことを良しとし、それでいて「安心してサボれる職場づくり」を目指し、失敗したときは「今日も順調」と居直り、「昇っていく人生から降りていく人生」と、右肩下がりで問題だらけの人生をそのまま肯定し、そしてなお、力強く生き抜こうとしていることだ。

▽ ユニークな理念やモットーだけではなく、べてるの家を厚労省ベストプラクティス賞に導いた「当事者研究」や全国から数千人も動員するイベント「幻想妄想大会」、東京のショップ「べてぶくろ」を中心に年間数億円を叩き上げる広報力、全てが業界の常識を超越している。しかし、それにもまして素晴らしい事は、三十数年前の開設当初からのすべてがオープンでありのままに行われていることだ。その数においては北海道と肩を並べる障害者就労支援大国愛知県。残念ながら、保守的で閉鎖的な当地は、べてるの家より三十年もの遅れをとっている。

▽ 障害の有無に拘わらず、そもそも誰もが抱える苦しみや怒り、悩み悲しむこと、恨んだり嫉んだり、傷つけ傷つけられること。そんな苦労を我々は取除いてあげようと思ってはいないだろうか。自立や社会復帰といった教科書どおりの支援をしようと思ってはいないだろうか。そんな上辺だけ聞こえのいい支援は要らない。必要なことは、「Let it be! ありのままでいい」すなわち、あえて「支援しないという支援」なのか?

▽ そもそも、障害福祉とは何か?彼らがありのままならば、我々は・・・?もしかしたら「普痛」という病気に侵され、「常識依存症」という障害を抱えてしまっているのかもしれない。

    (Sakai)