セルフオペレーティングシステム

ちまたでは、「ポケモンGO」に熱中するあまり衝突事故や不法侵入が頻発しているようだ。ただでさえ街角の「歩きスマホ」が問題視されている昨今において、全く人騒がせな「バカモンGO」である。このような社会現象は、コンピュータIT技術をベースに急速な進化を続けるAR(拡張現実)やVR(仮想現実)技術に、人間が振回されているために起きていると考えられる。つまり、スマートフォンやゲーム機をコントロールできる人間が、逆に自分をコントロールできなくなってしまったのである。リアルとバーチャルをシンクロナイズする技術は、今後ますます人間の社会生活に浸透していくだろう。懸念すべきは、人間の判断力や想像力がコンピュータ技術と反比例して退化していくことだ。そして、知らない間に全ての人間は仮想現実の世界に生かされている?? コンピュータが人類を支配してしまう「MATRIX」は映画だけの世界であって欲しい。

matrix

▽無意識のバーチャルリアリティ

さて、障害福祉施設には、自分の意思とは無関係に日々、バーチャルリアリティを体験している利用者がいる。我々には見えない世界の人に話しかけたり、一緒に笑ったり、喧嘩して怒ったり、説教されて泣いたり、見たこともない絵をかいたり…。統合失調症に見られる日常的な幻覚・幻聴・妄想もまた、リアルとバーチャルがシンクロする世界のようだ。ところが、時々リアルとバーチャルの間に著しい矛盾が起こると、彼らは、無意味な奇声を発したり、床や道路でのた打ち回ったりする。コンピュータに例えるとシステムクラッシュだ。あるいは、まれに精神活動がストップしたかのように固まることもある。例えるとフリーズだ。彼らのこのような行動は、現実空間と仮想空間を同一視していることの証である。即ち、彼らにとっては、全てが目の前の現実として起きていることなのである。

▽コンピュータと人間

クラッシュやフリーズが起きたとき、コンピュータならば先ずリセットを試すのがリカバリーの基本だ。だが、人間にはリセットボタンがない。「そんな当たり前のことを…」と思われるだろうが、そこが人間とコンピュータの本質的な違いなのだ。つまり、人間にボタンがないのは、自分自身でリカバリーが行えるからである。かつては「コンピュータ、ソフトなければただの箱」と言われたように、コンピュータはOS(オペレーティグシステム)をインストールするところから始まり、逐一コマンドを与えないと動いてくれない。当然、リセットボタンを押すのも人の手だ。

対して人間は、未熟ではあるが生まれつきのOS、即ち「意思」を持ち、その処理能力は低く、記憶容量も小さく、正確さに欠けるかも知れないが、自分で学習し、見識を広め、目標を設定し、必要なスキルを習得することで、自身をバージョンアップする能力が備わっている。だから、時々失敗や挫折をしても、いつかは自身をリカバリーできるのである。さらに、過去の経験から未来を予測する想像力や新しいデザインを描いたり新しい音楽を作曲する創造力など、コンピュータとは比較にならない高いポテンシャルを持っているといえる。

そんな人間の「意思」は、「セルフオペレーティングシステム」と名付けて差し支えないだろう。ただし、そのポテンシャルを活かも殺すもその人自身であることを忘れてはいけない。なぜなら、人間の意思は本来自由であり、そこにセルフコントロールが働いて初めてセルフOSとして機能するからである。例えば意思の「意」は理性という意識の領域、「思」は感覚・感情という無意識の領域、そう考えると解りやすい。どちらが正しいとか良いとかの問題ではなく、善くも悪しくも人間の意思には、常に意識と無意識が隣り合わせでいるのだ。

▽現実は映画より奇なり

統合失調症の激しい強迫観念や幻覚・妄想と闘いながら、ノーベル賞受賞の偉業を成し遂げたアメリカ人がいた。天才数学者ジョン・ナッシュの半生をモデルにした映画「Beautiful Mind」では、妻アリシアが、セルフコントロールを失った夫ジョンの闘病生活を支えるという献身的な姿が描かれている。とはいえ、彼女が夫にしてあげたことは、病気を治すことよりも研究に復帰させるための支援だった。なぜなら、かつてジョンの教え子であったアリシアこそが、彼の才能と病気の両方を知る最大の理解者だったからである。彼女の助けを得たジョンは次第にセルフコントロールを取り戻し、彼が確立したゲーム理論の経済学への応用から1994年ノーベル経済学賞を受賞(映画はここまで)、さらに2015年5月には数学者だけに与えられる最高賞アーベル賞を受賞した。ところが、オスロで行われたその授賞式からの帰路で交通事故に遭い、二人は波乱の生涯の幕を閉じた。現実は映画より奇なり。想い出すにつけ涙あふれます。

image002

私は支援者の端くれとして、この実話から大切なことを学んだ。我々の仕事は、利用者の過去を振り返り現在をリカバリーすることではなく、現在のポテンシャルを未来につなげていくこと。即ち、「ベクトルは前方にのみある」ということである。しかし一つ心配なのは、アラカン(around 60)に突入した私にその力が残っているかどうかである。セルフOSのいたる所にバグが生じ始めている。さしあたり「ぼけモンGO」と言われないように気を付けよう。  (Sakai)

お詫び:文中ところどころに人間と機械を比較した記述があります。精神障害で苦しんでおられる方々にははなはだ失礼なことと思いつつも、あくまで一般の方に解りやすくという趣旨からですので、どうかご容赦いただくようお願いいたします。

イデオロギーを考える

~ ミッチーの妄想日記 ~ 

こんにちは、オアつーございますであります。

暑中お見舞い申し上げ奉ります。・・・平成28年8月1日の今日の日の朝に、出勤途中の社中(車中)の中で、イデオロギーや革命、テロリズムや政治などについて、社長さんの良いお話を聞きながら、ムーンワーカーズ作業所へ来ました。そして朝に、色言う炉と(色々と)パソコンで検索してみて、イデオロギーとは何ぞやという事を検索で出してみて初めて、この言葉の意味がわかりました、僕は、イデオロギーを「大正デモクラシー」と勘違いしていました。だから、この俺の知識のなさに冷や汗といい加減なバカさ加減が凄い出ていたことにハズい思いになり、よく妹に言われていた「頭がおかしい人だ、・・・」の意味がはじめて理解できました。

これもひとえに社長さんと妹と、読者の皆さんのおかげさまで気付くことができました、これもヒトエのまことに大感謝です・・・・気づかせていただきほんとうにありがとうございます。・・・これを気に(機に)これからもアホでたわけな子供のような文章をいろいろな視点と観点で書いてみようかなと思いました。だから今後ともよろしくお願い申し上げまする。・・・

では僕の妄想の観点のイデオロギーとは、心を燃やす燃料とか書いていたりしたが、もう中学生のころで、仕事を何がしたいか決めてそれに向かい仕事をどうしようかとか、何に尽きたい(就きたい)のかとか何がやりたいのか、決めたり定めたりそれに誰もかれもかけがえのないみんなの役に立つ人と親兄弟親戚親類の人たちや、ソウル名と(ソウルメイト)の人たちや強い絆で結ばれている人たちや、仲間や、同僚、上司や上の人たちや、ご先祖様や先人たちの多くの人たちや孫の代までの命は、その人たちの命は親から大切にいただいた命だからとても大事だし、尊いしすげー重いし、紛れもない愛の形だから、ウルトラマンオーブのようなすげー深い大きな愛情や、仮面ライダーゴーストのように自分に負けないでらでかい勇気やジュウオウジャーのように自分の中のゆるぎない凄い正義感を持ったり、自分の中での責任感や真面目さややる気、根気や、努力心や、人を信じたり、また、自分も好きになり自己愛の自分も信じたり相手や自分の距離感や、心からのやさしさや、思いやりや、自分のための大きな自信や、助け合いの心を持ったり、人に迷惑をかけない、人を心から愛して、信じて、許してあげて、人を攻撃したりいじめたりをしたりしないで、信用したり信じてあげたり信頼したり、友情の絆と愛情心で仲良くできたり、仲良くしたりして人の道のルールができていたりしているんでしょうか、・・・そこの肝心な所が、ぼ、ぼくは、ば、馬鹿だからよくわからないんだなー。・・・あしからず。字余り。・・・それに革命と聞いてすぐに思い出すのが「チェ、ゲバラ」です。それにエクアドルかどこかの大統領だった「ムヒカ」も若いときは貧しく苦しんでいる人たちのために革命家として戦い続けたらしいです。・・・それもお金がたくさんある銀行を襲撃して、その得たお金を貧しい人たちに分け与えて生活していた、いわば日本のねずみ小僧治郎吉親分さんのようで、とても凄い豪快な優しい慈悲深い仏様や神様に近いまことにとうといあわれみぶかいお方たちで仏心にあふれた人たちだと深く心打たれて感銘いたしました。

・・・ では今度はテロリズムです、芸人のバカリズムさんではありません、あしからず。でもどこでいきなり襲われるのかがわからない無差別テロなんだから、防御しようもないし、どこに逃げればいいのかわからないので、とりあえずは、何も考えずやり過ごせればよいですかね。・・・後それに、人ごみの多いところや、目立つような場所や、目立つ服装などはやめたり行かないことでよろしいのですか。ぼ、僕は、ば、馬鹿だからよくわからないんだなー。・・・す、すみません。

( 文:ミッチーさん  校正:H. H )

※不適切な表現、意味不明な部分の削除をした以外、明らかな誤変換と入力ミスの部分に下線と訂正を入れ、原文のまま掲載させていただきました。  ( Hiro )

就職に向けた活発な動き

暑い日々が続いている今日この頃、ムーンワーカーズ作業所では今、更に温度が上がるような就職に向けた動きが今までに無いほど活発になっています。

今号の「ちょっと一言インタビュー」でも取り上げていますが、2名が介護系の施設に採用して頂く事が決定し、1名は既に勤め始め、もう1名も9月から勤務することとなりました。その他にも何名かが面接を受けて採用前の職場実習中だったり、また面接先を選定中だったりと、多くの利用者達が何かと就労に向けての積極的な活動の日々が続いています。

私たち作業所(就労支援施設)の役割を考えれば、現在のような状況が続いていることが当たり前のことで本来の姿なのだと思います。

送り出す側からすれば、就職が決まって喜んでいる利用者の姿を見るのは嬉しいことですし、施設の役割を果たせたという喜びもありますが、その反面、きちんと働き、長く続けていけるだろうかという心配も伴います。

これまでに一旦は就職出来ても短期間で戻ってきてしまった人もいました。人によっては勤務先で上手くコミュニケーションを取る事が出来なくて孤独を感じて辞めたくなる事もあるようです。

その人の特性によって、就職後のサポートやケアも必要な事だと感じています。

当作業所もお陰様で開所後4年を経過しました。決して順風満帆とは言えませんが、試行錯誤を繰り返しつつ、就労支援施設としての役割を果たせるよう経験値を蓄えてきました。

今後もさらに、より多くの利用者の適性に合った就労・生産活動の場を提供できるよう経験値を積み重ねて行ければと考えます。

「現象には必ず理由がある、 かもしれないが・・・」    ~後編~

事例比較

 ここでもし、ギャンブル依存症の人からお金をねだられたとき、金銭管理を任された支援者がとるべき言動はどれか、過去のケーススタディから私見を書かせていただく。

1.「精神科に行って診てもらいなさい」と治療を勧める。一番簡単な方法だが、依存症の当事者は自分が病気であることに気が付いていない、もしくは認めようとしない傾向にあり、素直に勧告に従うことは少ない。仮に勧告に応じたとしても日本の精神科医療のレベルでは薬物療法が関の山。一時的には衝動性が治まるかもしれないが、所詮、対症療法でしかなく根本解決には至らない。それにもまして、リスクのほうがよほど恐ろしい。副作用として、自殺を招きやすい「うつ病」を誘発するばかりでなく、少なからずは薬物依存症に陥り脳がいかれてしまうのだ。一般的に福祉施設がやりがちな医療への誘導は、ほとんどの場合こういった負の連鎖という最悪の結果をもたらす。したがって、よほど信頼関係の強いドクターがいない限り、これはやってはいけない。

image005

2.「どうせ当たらないんだから宝くじなんかに無駄金を使うな」と財布のひもを締める。まず「どうせ当たらない」という言葉に科学的根拠がない、つまり本人は一度当てているのだから。次に「無駄金を使うな」、宝くじを買うためのお金は本人にとって無駄ではない。よって、なんの説得力も持たない。むしろ欲求を否定された本人にストレスがたまり、かえって「宝くじを買いたい」という衝動をあおるだけだ。したがって、この否定的指導は逆効果である。

3.「いいよ、当たったら賞金の半分返し、当たっても外れても貸した元金は倍返しね」と言ってお金を貸す。借りたお金は返さなければいけない。そんなことを続けるうちに借金はどんどん膨らみ、返せなくなってくる。すると、生活に支障をきたすようになる。そこで初めて妄想から覚めて自身の現実を見るのである。簡単にいうと、誘いにのったふりをしてどん底に突き落とすのだ。で、そこから先は這い上がるしかないわけで、上手に救いの手を差しのべてあげるのだ。 「これでいいのだ!!」

image007

しかし、本当にそれでよいのだろうか?

そもそも何が問題なのか

話は後先になったが、そもそもギャンブル自体が悪いわけではない。喫煙、飲酒、性風俗・・・それらも同様、欲と快楽にかまけることは人間本来の権利である。ただ、そこで依存症に陥り、社会生活に支障が出てしまうことがよろしくないのである。いや、さらに翻って考えれば、「依存症のどこが悪い?社会生活に支障があって何が悪い? 障害者も健常者も皆それなりの問題を抱えて生きている。全ては当事者自身の問題であり、本人が良しとすれば全てそれで良し!」 とどのつまり、「べてる式非援助論」のように問題そのものを肯定してしまうのは短絡的だろうか?

ドラマ「ガリレオ」で、「現象には必ず理由がある」と強い信念を固持する湯川教授が、「僕がこの事件の真相を暴いたところで誰も幸せにならない」と口走ってしまうシーンがあった。

image009

究極的に人間の幸せとは理由を特定できない曖昧なものである。

(Sakai)

「現象には必ず理由がある、 かもしれないが・・・」    ~前編~

向精神薬を常用するとメタボリック症候群に陥る確率が高い。この現象には、抗精神病薬の一部に食欲亢進および糖脂質代謝異常を引き起こす作用があるという理由が存在する。

メタボリック症候群の必然性

一般的に摂取カロリーが消費カロリーを上回ると体重は増加する。仮に摂取と消費の釣合いがとれた状態から、1日コーラ500ml(240kcal)を1ヶ月間飲み続けると1kg(7200kcal)体重が増える。これは、なるべくしてなった「必然」である。1㎏太ったという現象には、1日240kcalx30日間の摂取オーバーがあったという明確な理由が存在する。

image004

逆に体重を元に戻そうとするならば、例えばコーラをお茶に替えて1日1時間の散歩を30日間続ければよい。これは、体重100㎏超のメタボさんに向けて日々発しているダイエットの基本セオリーである。もしも本人がその理屈に気付いて、そのまま行動に移すことができたなら、1ヶ月間で7200kcalの消費オーバーとなり体重は1㎏減少する。このような必然性のことを仏教では因果応報、また自然科学では因果律と呼んでいる。これら因果の法則は、人の行いを制する規範として我々の日常生活で用いられ、医療・福祉の現場では認知行動療法等の中で少なからず用いられている。

ギャンブル依存症の偶然性

ところが、世の中で起きている全ての現象に理由が存在する、即ち因果関係が存在するかというと決してそうではない。簡単な例でいえば、宝くじ。それをいつどこで買っても当たる確率は同じである。例えば、運勢がいい日に買う、よく当たりが出る店で買う、買った宝くじを神棚に置く・・・など、いかなる手段を講じようとも、確率が変わることは絶対にない。ゆえに、もしも大当たりしたとすれば、それは全くの「偶然」であり、偶然に起きた現象に理由は存在しない。無論、運勢がいい日に買った・・・などとの因果関係はゼロである。だが、その偶然を一度でも経験した人は自分の将来に注意が必要だ。例えば「今日の運勢は最高だから宝くじを買うときっと当たります」とか「7億円当たったら1億円差し上げますから」とか調子のいいことを言ってお金をねだる人の十中八九はギャンブル依存症に陥っている。

image008

まず偶然がきっかけで一度快楽を味わうと、つらい現実に目を背けて、また次の快楽を求めたくなる。たまたまの偶然が次も起こるという錯覚にとらわれるのである。そして、科学的根拠のない占いを信じたり、当たった時の夢を見たり・・・で、心は妄想の世界に入ってしまうのだ。しかも、「宝くじは買わなきゃ絶対当たらない」という自分に都合のよい必然性だけを主張するようになる。もはや本人の力だけでは元に戻れない状態だ。

実は、かつて自分自身が当事者だったことがある。相場でたまたま儲かった。次買えばさらに儲かる・・・。いつのまにか偶然が必然にすり替わっていく。儲かったからではない、買い続けたから依存症に陥ったことを、その時の自分は気が付いていなかった。     後編に続く・・・  (Sakai)

心の叫び 前編

~ ミッチーの妄想日記 ~ 

こんにちは、突然ですがここで僕のいつも思い描いている事と希望や夢みたいなことではありますが僕の妄想なのであしからず、ここであえて書いてみます。これは愚かな馬鹿な考えや思い込みの激しい僕のいつも思っている事ですが、僕の心の捕らえ方や感じ方なのでそこは気にしないでください。

んで、今でももっといろんな障害を持っている方で、多くの色々な障害に苦しんでいたり耐え難いつらくて激しい痛みや心の波動が下がったりずれたり神経が疲れたり過敏になり過ぎたり、たくさんのつらくて苦しい病気の症状や大変に大きなつらくて悲しくなる人を、見下して上から目線みたいな偏った物の見方の偏見など多きく深い悩みとか、つらくて自分も周りの人等も信じられなくなって,夜も眠れないくらいに疲れていて、つらくて苦しいけど他の人にも頼れなくて人に迷惑もかけたくないような衝動と行動の悪循環で心の病とかの大いなる苦しみの中にある大きな差別などと不機嫌になる偏見の事等で苦しんでいる人達にも優しい言葉やサポートやふれあいやコミュ二ケーションなど、言葉や筆談やジェスチャーなどの手助けや相談に乗ること等、話すこととか感じてみてその場の雰囲気や笑顔で話し、いろいろな悩みや苦しみに手助けやサポート等や、話して聞いてもらいたいこと、葛藤などに日々苦しんでいたり体のつらい痛みや心の乱れや疲れ、本当の根深い解ってもらえないところ等の奥深くて真実や真相のところのカルマとカオスのとてつもなく強い重い衝動と不安と恐怖の根本的にある大きな心の叫びとか、根深く辛くて苦しい心の痛みや苦しみ、悲しみや断末魔のような叫びとか、人をどうにかしたい強くて激しいクレイジーで狂気じみた行動に駆り立てたり走らせたり暴走させる感情に心が支配されて「もうどうでもいいや」とか「何にでもなれバカヤロー」みたいな感情と衝動に突き動かされそうになるし、ヤバい感情と異常な怒りや、なにもかも破壊してみたい心の不安定さゆえの感情と行動と強い悪魔な心などを抱いていてわかってほしいという気持ちと、誤解だから信じてくれ・・・という気持ちとの心の叫び、心の奥底にある暗くて根深い闇のようなところの心の中の衝動的な態度と精神を早めに理解して対処してほしいのと、病気に対する人たちの大きないろいろな悩みや大きな先行き不安でとてつもない大きな不安と迫り来て耐え難い心の痛みや疲れや大きな体の痛みと悩みと不安な要素などや現実的な実情と現実の大きなアンバランスの不確かな日々との戦いでもあり、世の中におられる多くの障害者の人達にも理解を示して寄り添ってくれて一緒に助けてくれたり優しい声かけと行動で僕たちにもすごい優しい態度と対応で、もっと理解のある社会にして欲しい事ですし、いろんな人の大きくて悲しすぎる差別や不適当な、僕たちを見下して馬鹿にしてる態度や仕草や顔で間違った先入観や激しくて拒否するような態度と、嫌そうな顔や思い込みや侮蔑的な目で見ていて馬鹿にしている態度や仕草や顔をして偏見的な目で決め付けて見ないでほしいと思います。それはとても僕達からするとおかしいですし、それはとても悲しくて悔しいことです。

思い切り馬鹿にしている事でもあります。だからそんなことが今でもすぐに消えてなくなって欲しいし、同じ一人間なんだし、人権もあるし、弱くて不完全な人たちもいるし、気も弱くて失敗の多い人生だし、いつかは一人で自律もしたい人たちだけど優し過ぎる人間でもあるから、そこは臨機応変に寄り添っていただきながら共存共栄みたいに優しく対応してもらい、少し大目に見ていただいて長い目で見ていただきながら日々の生活を送りたいし、優しい声掛けや穏やかでやさしい態度とあふれるような笑顔「スマイル」で接して背中をさすったり、肩や手に触れてもらいながら励ましたりしてもらいたいのです。        後編に続く・・・

( 文:ミッチーさん  校正:H. H )

※不適切な表現部分と固有名詞等の明らかな誤変換の修正をした以外は ほぼ原文のまま掲載させていただきました。          ( Hiro )

アリのままにマイノリティ

 働かないアリの存在意義

「働かないアリがいるからこそ、アリの社会は長く存続できる」という興味深い研究成果が、北海道大学長谷川准教授らによって発表された。アリのコロニー(集団)には、ほとんど働かない個体が常に2割程存在する。過去の研究では、働かないアリを排除して働くアリだけのグループを作っても、働かないアリが必ず一定割合現れることが確認されていた。しかし効率がセオリーである自然界に、なぜこのような非効率が存在するのかが大きな謎だった。

image006

長谷川氏によると、

「約2割のアリは働きたくないから働かないわけではなく、周りに働いているアリがいなければ普通に働くのです。つまり外部からの刺激に対して感度のばらつきがあるということです。このような仕事に対する腰の軽さの個体差を『反応閾値(いきち)』と呼んでいます。必要な仕事が現れると、反応閾値の最も低い一部のアリがまずは取り掛かり、別の仕事が現れたらその次に閾値の低いアリが・・・と、個体間の反応閾値の差異によって、必要に応じた労働力がうまく分配されているのです。」 でも反応閾値が皆同じで、全個体で一斉に仕事をしたほうが処理量は増えるのでは?という問いに対しては、「皆が一斉に働くシステムだと、皆が同時に疲れてしまい、誰も働けなくなる時間が生じてしまいます。コロニーには、卵の世話などのように、短い時間でも中断するとコロニーに致命的なダメージを与える仕事が存在しているのですが、それまで働いていなかったアリが働き始めることで、労働の停滞を防ぐ。つまり、働かないアリがいるシステムの方が、コロニーの長期的な存続が可能になるということです。」と説明している。

 人間社会のマイノリティゾーン

さて、人間社会にもマイノリティが存在する。ただし、アリ社会のように単純で寛容とはいいがたい。単一民族国家日本では、在日外国人、少数民族、同性愛者、ホームレス、低学歴者、児童そして障害者などのマイノリティが、ともすれば偏見やいじめの対象となりがちだ。とりわけ、福祉施設での差別や虐待が社会問題化している昨今、おりしも今年4月より障害者差別解消法と障害者虐待防止法が同時に施行されることになった。しかし、はたしてこれで問題がなくなっていくだろうか。目に見える身体的虐待ならともかく、精神的虐待、即ち差別偏見については、その解消に50年、100年単位の時間が必要となるだろう。なぜならば、徳川時代300年間に培われた縁故的排他主義と明治以降から続く多数派絶対主義、即ち似非民主主義が現代日本のマジョリティに深く根付いているからだ。マジョリティのほとんどはマイノリティゾーンを理解していない、いや、理解しようとしないのである。そんなマジョリティが作ったルールの効力がいかほどのものか、想像するに難くない。

image005

働かないアリの存在意義を実験で証明した長谷川准教授は、「我々の社会においてもムダを省くばかりではなく、ムダを楽しめる「余力」のようなものが必要なのかもしれません。」 と締めくくっている。

人はアリのままに生きられないのか? さしあたり、人間はアリ以下の存在なのである。          (Sakai)

ワーカーズでの事

今度、僕もいろんな服のコーディネートをしてみたいです。だけど昔の僕は3年半前のまだワーカーに来たばかりの頃はもっと太っていて143か・・4㎏もありかなりのデブい身体をしていましたし8Lとかで今よりも体重も重くて動きも鈍くて、医者の先生にもこのままじゃ死んじゃうよ・・と言われて慌ててワーカーに入りいろんな作業やイベントに参加したり、いつものリサイクル広場で働いていたのでかなりだいぶ、31・・2・3㎏ほどおかげさまで痩せてしまいました。だから昔より右手の握力もだいぶ落ちてしまったし体力もだいぶ落ちてしまいました・・・。でも痩せて良い事もありました。それはお腹が痩せてきて以前に比べて少しは動けるようにもなり、立ったり座ったりもおかげさまで自分でだいぶ軽く行えるようになりました。

3年近く一緒にいて手助けをしてくれたとても優しく心強い味方である職員の皆様と、シェフの毎日の美味しい手作りの食事管理の賜物です。

お陰様であの頃のグータラでトウヘンボクのデクノボウだった僕もここまで変われることが出来て仕事も少しづつですが上手くいっていて軌道に乗りつつあるみたいなので大変にありがたくて感謝を思いながら日々の仕事に励んでおります。

おかげで少しずつですが、パソコンも何とか文章を書けるまでに閊え閊えですが出来るようになりました。3年前にはパソコンで文章なども書いたり出来なくて毎日が憂鬱で落ち込んでいてやる気も無くてただ時間だけが過ぎて行くことが非常に多くてゴム裂きやお風呂の垢取りカッパや紅茶の箱詰め作業や、ホテルのアメニティーグッズの袋詰め等の内職をしている日々だけでした。・・・それが今や畑仕事、各種のイベントへの参加や、それにいつものリサイクル広場などの当番や、内職などの軽作業や、市役所バザーの出店、このパソコンでの「ほんわか通信」の文章書きや、「ござらっせ」での販売、ブラジルの食べ物のポンデケージョ、キビ、ムースなどを瀬戸市のグリーンセンター内でも売ったり、芋づるのキャラブキや漬物なども道の駅しなのとグリーンセンター内でも売り続けていたり、渋川福祉センター内での暑い中での販売をしたことなどもありました。・・・今となったらかけがえのない穏やかで輝いていた誇りに思う絶え間なく続いているとびっきりのいい思い出ばかりです。

イベントについてはカラオケ大会や、スイカ割りや、ちーといさんとの流しそうめんや、バーベキューや、畑の収穫祭なんてのもありました。・・・あとそれに一年の計は元旦にありの恒例の餅つき大会、岐阜のおちょぼ稲荷への初詣や桜の季節のお花見大会などもあり、それから誕生日会などもささやかにしてくれますし、本当にいろいろなイベントの多い作業所であります。・・・だからすごく良い思い出に残る神様に感謝なこともたくさんありまして、いつも良い思い出や有意義な勉強だったり心に残るよい思い出などがたくさん作ったり自分で持てるよい楽しくて今を輝かせてくれている面白くて楽しい雰囲気作りに溢れているとてもよいみんな思いで一人ひとりの心のケアを考えている輝く素晴らしい居心地のよい作業所を目指しているそんなような雰囲気の模様なていの様相な、おも向きなのかどうなのかまだ全然わからないがここが僕たちのこのムーンワーカーズ作業所です。あまり詳しーことはわからないがまーこんなところです。どうですか一度問い合わせて来てみてはどうでしょうか。とても個性的な人たちの多い明るい雰囲気のところで楽しいところですよ。是非に交通安全第一でお過ごしください・・・。自分の命がとても大事で大切なので、これも世界でひとつの命なのでよく考えて気を付けて行動しましょう。・・・        だからここでも僕は声を大にして言い放ちたいです。・・・だから皆さんもお気を付けて ご安全に。・・・と言いたいです。               2016.04

( 文:ミッチーさん  校正:H. H )

※不適切な表現部分と固有名詞等の明らかな誤変換の修正をした以外は ほぼ原文のまま掲載させていただきました。          ( Hiro )

Associa 日本一オシャレな施設

沖縄県北谷町、米空軍嘉手納基地にほど近い商業区域にその福祉施設がある。カーナビで訪問した際、少しアートっぽい外観のカフェレストランにたどり着くも、通常目にする「就労支援事業所○○」とかの看板がないため、すぐ隣の百円ショップから場所確認の電話を入れた。「えっ、このカフェがそうなんだ」と思ってしまうほど福祉施設らしくないのだ。実は、これが就労支援施設アソシアの基本コンセプトだったのである。

image006

  • オシャレだから通いたくなる。

中に入るとさらに驚いた。誰が職員で誰が利用者なのか全く見分けがつかないのだ。厨房、ホール、事務所などそれぞれの持場で、それぞれふさわしいワークウェアを身にまとっている。外だけでなく中も福祉施設らしくない、さながら一般企業だ。しかもオシャレでカッコいい。そして、案内してくれた施設長宮里氏にいたっては「若きスーパーバイザ」と呼びたくなるほど誰よりのイケメン。オシャレな施設で…オシャレなカッコして…明るい気持ちで働きたい。誰しもが望む当たり前のモチベーション。あらためて気付かされた思いがした。ちなみに、プロ級にオシャレなパンフレットは株式会社アソシア社長自らがデザインしたものだった。単色を基調としたシンプルで直感的な色使いは、いささかWindowsやUNIQLOのパクリ感はあるものの、若者にウケるトレンドだ。社長はかつてデザイナーだったらしいが今尚現役か?なるほど、うなずける。

image008

  • スペシャリストから実践で学ぶ。

スタッフの平均年齢は30代前半。福祉畑しか知らない指導員は一人もいないという。接客コースにはホールマネージャ、調理コースにはシェフ、製菓コースにはパティシア、庶務コースにはオフィススペシャリスト、清掃コースにはクリーニングインストラクター、製作コースにはクラフトマンといった具合に、六つの訓練コースすべてにその道のスペシャリストを配置している。徹底した実践型訓練には本番さながらの緊張感が漂う。「厳しいけど充実している」訓練生の目がそう物語っていた。80%を超える高い就職率はここから生まれていたんだ…。元システムエンジニアで作業療法士の経歴を併せ持つ宮里氏が人員配置およびコンテンツ全体設計に関わった。なるほど、ここにもスペシャリストの設計思想が色濃く出ていた。

  • 継続の原動力はコミュニケーション能力。

施設内全コースを見学させてもらったが、スタッフだけでなく、すれ違った訓練生すべてが笑顔で挨拶してくれた。宮里氏は「一般に精神に障害を持つ人はコミュニケーションが苦手です。とかく対人関係でストレスを溜めてしまうことが多い訓練生たちに心理学を学ばせています。そうして、コミュニケーション力が高まれば、職場でのストレスも減り、結果、長く仕事を続けることができます。定着支援にもつながりますね」と、「社会的適応能力の回復」という作業療法士の一側面をいみじくも語っていた。一級の職業訓練校を凌ぐ一級の福祉施設ここにあり、てなところだろうか。

image009

  • カフェレストランAssociaは本番。

私たち二名は宮里氏の施設案内から離れ、カフェで昼食を摂った。デザートとコーヒー付で1,000円のバイキングランチ目当てに満席近い 混み合いの中、ちゃっかりと予約席に座るやいなや、訓練生らしき女性店員が「お待ちしておりました」とばかり現われ出てきた。

予約客とはいえグルメ評論家でもない私たちに、素材の説明から取り皿の使い方まで実に丁寧な説明をしてくれる。ファミレスなどにありがちな杓子定規な応対とは対照的だ。そんな、臨機応変のスキルを既に自分のものにしている訓練生がいれば、片方、カウンターの向こう側でマントゥマンの指導を受けながらうなだれている訓練生がいる。店がオープンすればすべてが本番、これが実践型訓練の日常なんだと理解した。余談だが、私は過去沖縄で、ホテル食以外においしい食事をいただいた記憶はなかったが、ここでの料理は格別においしかった。

image011

また、一方の連れは感極まったのか、涙を流しながら食べていた。

オシャレ、スペシャリスト、コミュニケーション、これら三つのキーワードが利用者のモチベーションを創出し、Associaのホスピタリティに結集している。あらためて考えれば当たり前、言うは易し、されど行うは難し、観光立国沖縄ならではの就労支援である。

(Sakai)

悲しい就労支援大国、愛知県

モノづくり大国、日本。愛知県には、トヨタを筆頭に屈指の優良企業がひしめいている。かたや、就労支援事業所数においても当県は全国トップクラスに入る就労支援大国だ。ところが、障害者の雇用率を見ると、なんと当県は全国ワーストクラスなのだ。ちなみに厚労省が、全労働者数に対する障害者雇用数の割合を2%(法定雇用率という)以上と義務付けている企業(従業員数50名以上)の実雇用率を2014(2013)年にまとめた調査結果は次の通りである。

  • 実雇用率トップ10:山口46(2.33)大分2.28(2.15)佐賀2.27(2.17)福井2.26(2.27)奈良2.22(2.22)岡山2.16(1.93)長崎2.15(2.1)宮崎2.15(2.04)沖縄2.15(2.12)熊本2.14(1.97)
  • 実雇用率ワースト10:愛媛74(1.73)愛知1.74(1.68)宮城1.74(1.71)新潟1.75(1.65)神奈川1.75(1.68)茨城1.75(1.66)栃木1.76(1.68)福島1.76(1.69)東京1.77(1.72)千葉1.77(1.71)

成績の良い県は西に、悪い県は東におおむね集中するという数字分析はさておき、問題視したいのは、就労支援大国愛知県の障害者実雇用率がこれほど低いのは何故かということだ。私なりの解釈による結論を先に言えば、当県の行政および設置法人の体質が古すぎて時代にそぐわないということだ。その理由を述べる前に、対象者の想定から就労支援の3形態をご説明しておきたい。

  • 就労移行支援:一般就労(民間への就職)が可能と見込まれる者。利用期間は2年。

訓練中心で賃金支給の制約はない。

  • 就労継続支援A型:一般就労が困難であり、支援事業所との雇用契約による就労が可能である者。

利用期間の制限なし。賃金は最低賃金法に基づく。平均賃金月額68,691円    (2012年)。

  • 就労継続支援B型:一般就労が困難であり、支援事業所との雇用契約による就労が困難である者。

利用期間の制限なし。賃金の下限は月3000円。平均賃金月額14,190円    ( 2012年)。

①、②、③または生活介護などの支援を多機能型として併設している事業所も数多い。設置法人の約3/4は社会福祉法人である。

image014

さて、当地域の法定雇用率がトホホ的状況である理由は何か。

一つには数字のからくりがある。当県はA型事業所数は全国1位だが、定員50以上の事業所が数少ないことから、そこで働く障害者が雇用率にカウントされないことだ。そもそも、法定雇用率を上げたいばっかりに制度化した厚労省施策が裏目に出たということだ。とりわけ精神障害者にとってはハードルの高い一般就労よりもA型事業所を優先的に紹介してきた行政の浅はかさ、いわば制度矛盾である。

そして、もう一つが本質的問題だ。当地域においては、一般就労ではなく福祉就労に囲い込む古い体質が抜けきっていないことだ。具体的に言うと、就労移行支援事業所でありながら、一般就労実績をつくらないまま、期間が過ぎると継続支援へと送り込んでしまうのである。また、昨今急速に利用者登録数を伸ばし、一般就労を希望する精神障害者には目を背け、身体または知的障害者にしか門戸を開かない事業所や個々の特性を見ずに利用者を十把一絡げに扱う従来型授産施設がいまだに多いことである。例えば、福祉課と連動した社会福祉法人が運営する計画相談事業所や障害者就業・生活支援センターなどがそんな旧態依然とした風潮を固持している。たとえ、社会福祉士や精神保健福祉士が何人いようと、利用者が希望する一般就労を実現できなければ何の意味もない。

もっとも、福祉系大学を経て、現場経験がないまま福祉士の資格を取得し、教科書に忠実なことが良い支援だと思っている人たちに、まともな就労支援ができるとは思わない。ましてや、成果が上がらなくても責任を問われることのない手前都合のルールに守られて、受け身一辺倒、前例を踏襲することが仕事だと思っている役人たちに一般企業の何がわかる?

そんな思いの中、先日沖縄県にある就労移行支援事業所を訪れた。障害福祉サービスから一般企業への就職率は全国平均で約4%、就労移行支援事業所からは約20%という厳しい現状で、実に80%を超える驚異的な就職率を達成している事業所だった。そこで目の当たりにした目から鱗の現実を次回にリポートさせていただきたい。

                         (Sakai)